ワーホリで英語は話せるようにならなかった私が学んだこと(海外での日本語教育)

今からかれこれ20年前の2002年5月、日本が日韓ワールドカップで盛り上がっていたさなか、私(当時26歳)はカナダへワーキングホリデーで旅立ちました。

田舎で平凡な保育士として働いていた私がなぜカナダに渡ったか、という理由(話せば10秒で終わる浅い理由)はまた別の機会に書かせていただくことにして、今回の記事では私がワーホリで学んだことを綴りたいと思います。

カナダで日系Preschoolの教諭になった

ほとんど英語も話せないまま、無謀にもカナダに一人渡った私。大した貯金があったわけでもないので仕事を探す必要がありました。

当時、ワーホリで海外へ渡った若者の多くは現地で語学学校に通っていた記憶があります。アルバイトをしている人は少なかった印象。私も寿司レストランに履歴書を持っていった記憶がありますが英語をろくに話せなかったので相手にはしてもらえませんでした。

そんな私でしたが幼稚園教諭の免許を持っていたことが幸いして、ご縁あり現地で日系プレスクールの教諭として仕事につくことができました。が、想像していたのとちょっと違った。

面接で出鼻をくじかれた(英語禁止令)

面接での出来事。

日系とはいえカナダの幼稚園なので、子どもたちと過ごしながら簡単な英語を一緒に学んでいけるのだろう、と思っていた私。園の詳しい内容はあまり知らないまま、とにかく仕事がしたい気持ちで面接を受けました。

面接の時間に園のクラスルームに入ると、そこにはまだ保護者のお迎えを待つお人形さんのような4歳くらいの白人の女の子(イタリア人の父と日本人の母のハーフのお子さんでした)が残っていました。

これまでの自分の世界にはいなかった『THE外国の子ども』という姿の女の子を見て浮足だった私はその子に近づいて、

『ハ、ハロー(自分の英語を試してみたいという下心)』と声をかけたのです。

するとその女の子は

『イングリッシュ、はなすの?』

と不思議な顔をして日本語で答えました。

その様子をガラス越しのオフィスにいた主任の先生が見て、慌てて飛び出してきました。そして私にこう言ったのです。

『ここでは英語を絶対に話さないでね。』

!!?

これからカナダでの生活、仕事をしながら自分の英語も伸ばせたらと期待をして訪れた面接での衝撃のお言葉でした。

この幼稚園に通う子どもたち

面接が始まり、このプレスクールの特徴を主任の先生が詳しく説明してくださいました。

この園では、カナダに暮らす日本と関わりのある子どもの日本語力を育てる、キープすることを目的として日本の幼稚園と同じような保育を行なっているということ。

生徒の内訳は主にこのような感じです。

  • 片親が日本人であるハーフの子ども
  • 日系3世の子ども(ごく少数)
  • 駐在員(両親共に日本人)の子ども
  • 両親ともに外国人(日本での生活経験があり日本語が堪能)の子ども (ごく少数)

『なので、この幼稚園ではいっさい英語は使わないでね、子ども同士が英語で話し始めたら注意してあげてね。』と主任の先生は続けておっしゃいました。

両親日本人だからと言って日本語が話せるようになるわけではない

なぜ、このプレスクールができたのか。このスクールを経営されていたのはカナダに移住されてきた日本人の方でした。ご子息の日本語教育を考えた時、このような幼稚園の需要があるのではないかと準備を進め開園に至ったそう。

主任の先生がこのようにも教えてくれました。

親の仕事の都合でカナダを訪れた子どもたちは現地の幼稚園や学校に通うようになるとすぐに英語を話すようになる。
家で過ごす時間より学校での時間の方が長いので英語で話す方が子どもにとっては楽になり、段々と日本語を使わなくなってくる。
例えば兄弟がいれば兄弟同士の会話は英語になり、親が英語を理解していないと子どもの会話がわからない。それを日本語で説明してもらおうとしても子どもがうまく説明できなかったりするようになる。

両親共に日本人であれば、日本語を話すのは当たり前と思っていた私にとっては驚きの事実でした。

よくよく考えれば確かに1日のうちで一番見聞きする言語を習得して使うようになるというのは、当然といえば当然かも、、、今はわかりますが、当時の私には信じられないことでした。

カナダで子どもたちと日本語で過ごす中での気づき

この幼稚園の子どもたちの半数は英語で話す方が得意でした。この子どもたちに如何に自分の言葉(日本語)が伝わるように話しかけるか。

日本で働いていた頃より明らかに自分の子どもたちへの言葉の投げかけ方が変わりました。同じ職場で働いていた先生方の表現の豊かさに最初はついて行けず、自分の不甲斐なさを感じたものです。。。

表情豊かに、はっきりとわかりやすい発音で。同じ言葉を繰り返し投げかける。子どもたちに聞いてもらうためには、そう言ったことが大事だと体感しました。

当時は今のようにYouTube動画などなく、海外に出れば日本語の環境に自ら飛び込まない限り日本語に触れる機会はほとんどなかったと思います。

そんな中で海外で暮らしながら子育てをしている親御さんは、日本語の教育のために努力しているのだと知りました。

日本で英語を学ぶ子どもたちがいるように、海外には日本語を学んでいる子どもたちがいるのだと実感することができました。

自分がマレーシアで子育てをすることになった

奇しくも自分がマレーシアで子どもを育てることになりました。カナダ時代の思い出が、生まれてきた自分の子どもに日本語をしっかり伝えていきたいと思う元になっているのは確かです。

ワーホリ時代の思い出を胸に子どもたちが小さい頃から意識的に日本語を使ってきました。どのように日本語を子どもたちに関わらせるようにしてきたか、少しずつ記事にできたらと思います。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

ちなみに、日本語の環境で働いたから英語を話せるようにならなかった、、、みたいな記事になってしまいましたが、おそらくこの環境でなかったとしても自分の英語は上達していなかっただろうなぁと思います。ワーホリで1年働いたのち、ワークビザに切り替えカナダには2年3ヶ月暮らしましたが英語力は伸びないまま。ワーホリで海外生活したからと言って英語は話せるようにはならない。結局は本人の努力なのだよなぁ。

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